9年勤めた一部上場企業を辞めるとき考えたこと★②中途の女性が組織社会で働くということ

わたしが28~37歳まで9年間働いていた会社は、誰もが知ってる大企業の直系のグループ会社で、単体では上の下くらいの知名度というタイプの会社です。男女雇用機会均等法が施行される前まで、女性の総合職の営業はいなかったという状況にあって、すこぶる女性層が薄く、いわゆる男性社会でした。

中途の女性の総合職という存在自体も珍しかったと思います。

そんな環境を理解していたつもりだったものの、最後は悔しい思いをして辞めるようなことになりました。もっとこうしていたらば、すこし違った展開があったのではないかなと思うことをまとめておきたいと思います。

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●自分のキャラ設定を間違えなければよかった。

わたしのキャラは「いつも前向きでほんわか明るい頑張り屋さん、でも、ちょっとおっちょこちょい。だからこそ皆と仲良くできる人。」

このキャラ設定は、人間関係のなかではいいことかもしれないですが、仕事となると武器になるかというとそうではないです。むしろ「いい人」枠は、攻撃されやすかったりします。残念ながら。

このイメージを付けてしまったのは、他でもない自分自身なのですが、理由は2つあります。ひとつは、中途社員だからこそ沢山の人のことを覚えよう、覚えてもらうようにしようと思い、楽しい自分でいることを心掛けていました。ふたつ目は、背が高く痩せ形のためキツイイメージでみられることがいやだったから、自分の弱みを見せることなどもして親しみやすい自分をつくっていました。

実際にやっておけばよかったなと思うのは、知的なイメージやピンチに動じない度胸があるイメージなど、もっと小出ししておくことも必要だったのかなと思います。実際のところ、読書もするし勉強もする、営業で走り回ることだってできるし、お客さまにクレームで怒鳴られても冷静に対応します。

「敢えていわなくても、誰かが見ていてくれる」という理屈は会社では通用しません。

自分の立場を理解して、イメージ戦略を立てるべきだったんだなぁ、と思います。

がんばっていれば、よい仕事のチャンスが舞い込んで来たり、昇進の機会にあがれたりするものなのかとずっと思っていたのですが、

良い仕事がしたかったり、昇進したかったりもしたのだから、その目標に合わせて、
「良い仕事に異動させてもらうための中途女性社員になるためのイメージ戦略」「昇進させてもらえる中途女性社員になるためのイメージ戦略」
これらをしておく必要があったんだなと思いました。

 

●もっとたくさん社内の人間関係を学べばよかった。

仲良しの人たち、、、というのは出来たと思いますが、誰と誰がつながっていて。。。とか同期入社とか営業時代の先輩後輩とか。社内の人間関係自体はよくわかっていませんでした。あの上司の攻略法は、誰に聞けば。。。とかそういう根回しは思いつかずに、損したことなどいっぱいあったのかもしれないなと思います。

人間関係を学んで、そのネットワークの中にもっと入りこんでおけばよかったと思います。

加えてつながりを作っておかなければいけなかったのは、女性のネットワークで。誰とつながっているかということを男性上司や人事までもが見ているという状況だったので、それも確認するべきだったのかと今になって思います。女性同士だけではなくて、男女の関係(結婚しているとか付き合っているとか)の力関係も少なからず影響していて、なんだか、アットホームといえばそうかもしれないけど、怖いなぁと私は感じていました。

 

●新たな挑戦をしなければよかった

いままでやったことがないことということをして、システム関連の落とし穴にはまることがあった。前例がないものなのだから仕方がない、と当時は思ったのだけれど、ミスはミス。こんなことになるならば、新しい挑戦などせずおとなしくしているのがよかったと思いました。

あるとき、新しいチャレンジをしてみよう、だけどシステムの落とし穴にはまらないように事前に注意点をあるアドミニに聞いていた時に、「そういうやったことがないことをするとミスを起こすのだから、既存のなかで動いていた方がいいよ。」と言われたことがあります。

正しいことかもしれません。

これは、もはや考え方次第なのかなと思います。
もう合うか、合わないか、それだけです。

この発言は強烈な印象に残っていて、この考え方をまともに受けていたら成長が止まるよなと思っています。それがマネージャー職の方だったので、とてもショックでした。

また、あるマネージャーは、システム変更にかかるの社内アンケートがあったときに「新しいシステムになると、また一から仕様を覚えなければなくなってしまい、自分はいま詳しく知っているのに、その利点(優越感)がなくなってしまうから、古いままがいい」と答えていました。

これが、大企業病、、、と呼ばれるものなのかなと思います。

 

●そもそもミスをミスとしない手腕をもっていればよかった。

トラブルやミスが起きたとき、すべて公開していたけれど、同じことをしても「ミス」ではないとカウントされている人たちがいた。上手に隠したり、他責にして自分にミスが被らない仕組みを作っていました。自責をすべてにしない方式です。

これは次の項目にもつながりますが、これをすることが上手な上司がいると、教えてもらえるというわけです。

 

●味方の上司をたくさん作ればよかった。

当たり前ですが、上司はうまく味方につけるべきです。

自分がいま、どの上司を味方につけておけばいいのかを考えておく。誰にでもかわいがられておくことは必要で、誰派になるとかそういうことではなくて、常に潮流を読んでその流れにのれるように準備しておけばいいのかと思います。

プロパ―社員で営業部の社内ホープのひとが言いました。

「上司を尊敬して、何を考えているのかを考えておくようにすれば上手くいくよ」

「組織で上にいくには、上の人が何を考えているのかを考えて、その人だったらどう考えるのかを考えて行動すればいいんだよ」

組織で勝ち残るための処世術。

 

彼らの仕事の目標は、組織で上にいくことなの。。。?

それともその会社で何かやりたい仕事があるから、組織で上にいきたいとかなのだろうか?

その組織にほれ込んで、そこで仕事をすることが最高に楽しいことなのだろうか。。。?

 

わたしが尊敬した上司の言葉は、

「いいものを作りたければ、常に世の中をみて考えて、自分の感性を研ぎ澄まして妥協をしないで完成させる。その生み出した企画を上層部に通すために、理論やマーケティングでの説得材料は必要。でもそんなものは実際のところは後付けでいい。」

「アイディアはどんどん具現化させなさい。責任はぼくが持つよ。」

この言葉をくれた人たちは、残念ながら出世競争からは外れてしまって、当時の役職からは引きずりおろされてしまった。いちじは明らかに不本意と思われた職務について、歯をくいしばっているのを見た。

あのときに、わたしは、あぁわたしはこの組織社会では生きていけない、そう思った。

●組織にいるならば、早くに考えておくべきだったこと。

<自分は、組織社会を勝ち抜いて出世したいのか。>

わたしは、自分でいうのもなんですが、努力もするし、そこそこ優秀に仕事が出来ると思っていたし、周りより少し頭がよいタイプだし、出世できると思い込んでいた。事実、営業から本部に異動したりしていて、なにも考えずに、道は拓かれていると思い込んでいた。自分が何と戦わなければいけなくて、そもそもその戦いの土壌すら本当はなかったということがわかってなかったのだ。プロパー社員の出世競争の中で、中途のしかも女性が入り込む隙間なんて元々ないのだ。そこに入り込めるような努力、それがいいのか悪いかは別として、それをしてなかった。そんなことに気付いたからといって、それがうまくいったかどうかもわからない。
まぁもっとこのことに早く気が付いていたならば、もっと早くに次の道を本気で探してもう少し有意義な30代を過ごせたのになと思う。

<自分は、組織社会を生き抜いて、生きながらえたいのか。>

自分がやりたいと思った仕事がしたいと思ってきた。組織に所属するならば、やりたい仕事がみんな出来るわけではないのは、当然かもしれない。だけど、仕事の仕方や社会の仕組みがわかってきたならば、やりたい仕事に向かっていきたい、そう思っていいと思う。逆にやりたい仕事が出来るようになっていくような努力に力を注ぎたい。わたしには、涙をこらえて歯を食いしばって自分の時間を会社にささげるような生き方はできない。

<自分が所属している組織は、自分の人生を重ねるだけの価値があるのか。>

涙をこらえて歯を食いしばっている人たちを見たとき、彼らをそこまで突き動かすものは一体なんなのだろうかと思った。

新卒入社という経験をしていないわたしには、社会人になってはじめてその会社に入って、悩んだり苦しんだり、と同時に喜んだり、楽しんだり、というプロパーの人たちが経験した道のりがどれだけの価値があってかけがえのないものなのかということはわからない。

「いままで会社でお世話になった人や仕事の楽しさを教えてもらったことを考えると辞められない。」

そんな発言を聞いて、ある意味うらやましいとも思った。

それだけの価値を感じて信じて、自分の身を、人生を委ねることが出来るのだから。

それだけの価値を感じて信じられるだけの、何かを享受できていたのだから。

 

組織の価値を信じることは、真なのか、偽なのか。
それは、幸せなのか、不幸せなのか。

 

わたしにとっては「偽」であり「不幸せ」という結論に達したので、こうして、それなりに知名度のある安定感がある会社をやめたわけです。

しかしながら、元同僚の中には、「真」であり「幸せ」を信じて続けている人もいる。それはそれでいいのだと思う。ただ、もしわたしと同じように、「偽」であり「不幸せ」でありながら、必死に「幸せ」であるふりをしようとしている人も、世の中には、本当にたくさんいると思う。

そんな風に思っているならば、一歩足を踏み出して、新しい世界をみるべきだと私は思う。見てほしいと思う。

新しい世界はそんなに怖くないです。

迷った時点で、思考は開始しています。

そんな人達が少しでも勇気づけられて新しい道を探そうと思ってくれるような記事を、続けていきたいと思っています。

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