【組織社会で働く】上司に意地悪されたり、出世できなかったりしても、気にしなくてもいい理由。

今日も毎日L.A.に来ていただいてありがとうございます。

さとみです。

ハロウィンが過ぎ、もはやクリスマス気分です。

ブログを始めてツイッターなどもやり始めたら、この界隈で活躍されている方々の中で、やはり「働き方」について疑問を持って行動に移された人が多いと思いました。そうやって行動に移している方々がひとつの大きなムーヴメントとなって素晴らしいので、わたしもついていくぞーと思うのと同時に、自分のようにもぞもぞと躊躇っているような方々にも、飛び出すのは楽しいぞーとお伝えしたいです。むずむず。


ということで、今日のブログです。


会社を辞めることを決める半年前の出来事。。。

「嫌ーわれてるかも(~しれーない予感~)。」

 

〇商談済みの決定事項を取引先の前で、上司が否定してひっくり返す。

〇すべての仕事を上司承認制に変更させられる。

〇そして、上司と取引先のメッセンジャーのような仕事をすることになる。

 

その2か月後に、担当を外されたのですが、

 

「わたしのやり方が悪かったんだな」とか殊勝なことを思う、サラリーマン社畜魂をもっていた一方で、「いや、わたしが自分でやりたいことをしようとしたことは間違っていない」と思っていたんですね。

まぁ。。だから辞めたんですけどね。

 

ご参照くださいませ(^^♪↓

9年勤めた一部上場企業を辞めるときに考えたこと まとめ

 

「納得いかねーな、でも絶対、わたしが間違っているわけではないということは絶対わかる」

 

 

そう思って、、、、わたしはこそこそと見ていたのです。

前の会社の動向を。。。

 

(あぁ、、なんか性格悪いと思われたらいやですが、悪いというか、しつこいのかしら)

 

 

こんなことが起きました。

 

〇わたしが提案して却下されてた仕事が、1年後に別の人のもとで着手されてた。

>個人の優劣をつけるために、たまたまそこにある仕事の結果が利用されたりする。

 

〇その上司は、1年半後、人事異動でポジションを追われた。

>組織にいる以上、椅子取りゲームであることは変わりない。

個人ではなく、組織の論理がいつでも優先されている。

 

悲しいかな、組織の歯車の仕事において、取り立てて優秀な人が本当に活躍していたりするわけではないし、活躍している人が優秀だというわけでもない。

 

『誰が』とか『自分が』とかそういうことじゃない。

 

組織だから。

 

組織は組織を回すために存在できるようになっているみたいです。

 

それをはき違えてしまって、本来の企業としての存在価値を見失うと、たぶん破綻していくんじゃないかなぁと思います。

それが大企業病っていわゆる呼ばれるやつでしょうか。

 

 

組織で暮らしていくのは大いに結構、だけど、その組織が本当に自分の大切な時間を使っていいものなのかどうなのかを考えて、わたしは違うなぁと思って辞めました。

 

それでもやっぱりわたしはまだまだ組織なしでは生きていく術がないので、組織にいますが、いずれ自分が本当に自分の力でどれだけ勝負ができるかをトライしていければと思っています。

 

そして、ちょっとでもそういうことを思って、飛び出せるような人がふえればいいんじゃないかなーと思ってブログを続けたいと最近思います。

 

自分がうまくいかなきゃ、証明にもならないんですものね♪

 

発信するぞー。

 

 

今日も毎日L.A.に来ていただいてありがとうございました。

またよろしくお願い申し上げます。

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